12時20分のバスは10分遅れで出発。山を下り、里へ出たあたりから山が丸裸になってきた。エライことをしてくれたなあ、いったいどない落とし前をつけよるねんと、他人事ながら心配になるような荒涼ぶりである。崖崩れや砕石場がほうぼうにあるので山の断面図を見てみると、岩山に薄い皮のような土が、申し訳程度にかぶっているのが良くわかる。雨が降ったらあっという間に流れていきそうな土の皮。90年代に雲南をよく旅していたころ、直系2mぐらいありそうな巨木を惜しげもなく荷台に乗る長さに切断して、昆明へ向けて輸送中のトラックをしばしば目にした。かなり気をつけて観察したが、あのサイズの木は今回10日間の旅行で一本も目にしなかった。いつか切り尽くすだろうと思っていたが、それは思っていたより早かったわけだ。
建水には2:30ごろ到着。バスターミナルから朝陽楼まで4元。旧市街の朱家花園の280元のツインに泊まろうと思っていたのだが、いきなり480元に値上がりしていたので、あえなく玉砕。走幾歩路的隔壁、臨安客棧に投宿。「客棧」というのも、武侠片(クンフー映画)で復活した復古語といっていいだろう。90年代にはこれほど一般的には使われていなかったはず。
狭いが清潔なツインが120元。荷を降ろし、遅い昼食。相棒が羊肉を食べたがったので、タクシーに乗って街で一番有名な回族餐廳に連れて行ってもらう。店の名は騰龍園、羊肉鍋、烤鴨、干巴炒飯で73元、ごちそう!…肉ばっか。
羊肉鍋は、羊肉、羊モツと、大量の薄荷の葉が入っていた。薄荷といっても、日本でケーキの上にかわいらしく乗っているようなサイズではなく、一枚が5~8センチぐらいの紫蘇みたいなやつが、茎ごとわっさりはいっている。これが結構、野菜としてウマイ。薬味は塩と花椒(山椒)。
朝陽楼に登る。天安門より30年ほど早く立てられた、小型の天安門である。ツバメが鈴なりに巣を作っていた。住民の憩いの場になっていて、象棋(将棋)を指したり、お茶を飲んだり、凧をあげたり、踊ったり、二胡を弾いたり。
朝陽楼から四方を見て、見えた古塔へ行ってみる。途中に、16年前にも確かに訪れたことのある四眼古井があり、感無量。当然現役であった。
古塔横の建物には、今時こんな標語があった。毛主席語錄
人們的社會存在,決定人們的思想。而代表先進階級的正確思想,一旦被群眾掌握,就會變成改造社會,改造世界物質的力量。
古鎮をうろうろして、日没後に再び朝陽楼へ。ツバメが巣に戻り、やかましくさえずっていた。
このあたりでは昆虫を食べるらしい。やご。トンボ。
なんかおもいっきりイモムシ。

夜、おかゆ屋で簡単な食事をする。皮蛋瘦肉粥を頼んだら、広東食文化圏の我が家からすると愕然とするような粥が出てきた。小僧が一口食べて、「これなんかめっちゃ懐かしい味。オレ、赤ちゃんのときこればっかり食べてなかった?」 その通り、離乳食だ。
息子ちゃん日記
きょうのあさ、ばすにのって建水までいきました。建水についたとき、酒店にさきにとまって、それからごはんをたべて、天安門廣場みたいな門までいって、酒店にかえって、またそとにいっておさんぽして、酒店かえってねりました。












































