***このブログについて***

書き続けている日記のうち、旅行記をここにまとめておきます。右サイドメニューの「その他の旅行」から各旅行の目次に飛べます。サイドメニューの下のほうの「痩公胖婆400天渡蜜記」は、一年と少し(1996/03/31 - 1997/06/01)にわたった新婚旅行の記録の目次です。気が向いたときにぼちぼちあげています。

2010年3月30日火曜日

飽き足りずにもう一日棚田観光

起床。油条と菜肉包と豆醤、3人で5元の朝食。農貿市場をチェックしてから出発。今日も趕集天(市が立つ日)ではなかったが、市場はそれなりに盛況であ る。Each village in China usually have a market called "Farmer's trading market". It's open for anyone who wants to sell their own harvest or products. There are usually "Market day" once or twice per week, depends on the size of the village. It's the most photogenic day especially if you visit one in the rural area where many hill tribes live.






まずは遠出をして五指山のふもとまで行くも、霧で何も見えない。しばらく待ってみたが、どうにもならなさそうだ。多依樹までひきかえすも、大雨。仕方が無いので、早い昼食がてら雨宿りをすることにする。

仕方がないのでで早めの昼食をとるべく、勝村という村へ移動。村に入ってわかったが、今日は勝村の趕集だった。イ族やハニ族や漢族が、思い思いに道沿いに商品を並べている。夫が気になったのはこれ。




蜜精(もしくは蜂蜜精)というらしい。本来はミツバチが何らかの理由で蜂蜜の溜まった巣を放棄し、蜂蜜がゆっくりと乾いて結晶状になったものだそうだ。今日見かけたこれは、蜂蜜を人工的に乾かしたものだと思う。ややしっとりとした氷砂糖のようである。味はもちろん蜂蜜。飴として食べてもいいし、お茶に落としてもいい。おいしい。夫はこれを試しに3元分買った。おいしい。もっと買えばよかった。

このあたりでは、米と茶樹には農薬を使うが、野菜には使わないそうである。里へ流通に出すのは米と茶だけで、野菜は自宅で食べるか、近所の市へ出すか、どちらにしろあまり換金性が高くない。

食後、多依樹へ移動。霧が晴れてきた。






そして壩達。ここで、管理人のイ族のお姉さんにお茶をご馳走になる。漢族と見分けがつかない、明らかに街に出て高等教育を受けた層。北京から来た老人撮影家と、しみじみ茶を飲みながら話をする。3時ごろまでここでゆっくりした後、老虎嘴へ移動。今日はここで日没を待つ。

小僧は村のイ族の子供たちと鬼ごっこ。名を聞かれて正直に名乗ったものだから、あちこちから名を呼ばわれている。「XXX、你還不過來抓我!」得な性格だよな・・・。荷造りのときも、「雲南の子とサッカーしーようっと。」と、サッカーボールをリュックに入れようとしていたしな。しかし、地元の子はビーサンで岩場をひょいひょい跳んでいくわけだが、小僧はそうは行かない。香港ではお育ちの悪い悪ガキの小僧も、ここでは都会からきた少爺(シャオイエ・おぼっちゃん)だ。村の男の子たちは、閏土のように魅力的だった。




 



日没まで粘ったが、本日は夕焼けは無し。帰途につく。石氏が家に誘ってくれたが、長い階段を上り下りして汗をかき、疲れてたのでとっととシャワーを浴びたく、残念ながら遠慮して、夕食へ。相棒も私も小僧も気に入った、干し肉料理を注文。豆腐も香ばしくてすばらしかった。シャワーを浴びてばたりと就寝。

小僧は鬼ごっこがよほど楽しかったらしく、明日ここを離れると告げると、ぶつぶつ言い始めた。


息子ちゃん日記
きょうぼくは7時におきてそとにでました。Taxiにのってとらのくち(Chinese name:老虎嘴)梯田で、風景みました。それからひるになって、飯店にいったとき、小鳥が100ぴきぐらいおりました。

ごはんたべて梯田いって、帰るときにTaxiのうんてんしゅが、いえにきてもいいよといいました。ぱぱは、ぼくたちは飯店にいきたいからいいですといいましたから、飯店にいって飯たべて酒店にかえりました。