***このブログについて***

書き続けている日記のうち、旅行記をここにまとめておきます。右サイドメニューの「その他の旅行」から各旅行の目次に飛べます。サイドメニューの下のほうの「痩公胖婆400天渡蜜記」は、一年と少し(1996/03/31 - 1997/06/01)にわたった新婚旅行の記録の目次です。気が向いたときにぼちぼちあげています。

2010年4月3日土曜日

普者黒

起床。バスターミナル前ででかい碗の米線を食べる。6元。明日の昆明行きのチケットを手配。112元、5~6時間。元陽とほぼ同じ。雲南省の交通状況は劇的に改善されているような気がする。

バスで普者黒へ。村の直前で葬列に出くわし、バスがそれ以上進めずに停車した。よほどの分限者の葬儀らしく、漢、壮、イの楽隊を先頭に、列がどこまでも続いている。





















なおこの↑の写真をとりまくっている間、相棒は「人の葬式の写真なんか縁起悪い!」とブツブツ文句を言うてました。すまんな外人のヨメで。私も一応それは気になったのだが、そういう常識に外れたことをしている時点で被写体の皆さんからガイジン認定されたらしく、撮影している間コドモからハローハローと声を掛けられっぱなしであった。なお、被葬者は漢族女性、86歳の大往生であったそうである。

馬車で観音洞へ。これは失敗であった。15元を払って入場すると、ぺらぺらと良くしゃべるガイドがつき、鍾乳洞のあちこちに置かれた趣味の悪い観音像を見物して回る。そしてお香売り場で30元~300元のお香を買うよう勧められるというわけだ。中国の観音はほぼ例外なく女性形なわけだが、豊満なおっぱいポロリのリアル系観音とかは、正直小僧に見せたくない感じであった。でかい「睡観音」とやらもあり、そもそも涅槃仏という仏像でがどういう経緯で生まれたかを考えれば、「観音が寝てたからどーなのか」と疑問に感じざるを得ない。そして阿弥陀仏の胸の卍がハーケンクロイツになっているのに気がついた時点で(感心なことに小僧もこれに気がついた)、形だけでも拝む気には全くなれず、お香を断ったら売り場のお姉さんにもんのすごい顔をされました。で、最近の中国の流行語をちょっと使ってみたくなりw、「你是哪個單位的?」と。何様だオレ。「哪里承包的?」とも聞いてみた所、承包ではない、政府の仏教協会の管理下だと言い張るのだが、う~ん、あまり信用する気にはなれんな。っていうか大人気ないですか私。

観音洞の右手の道から山に登るのにはチケットを買う必要が無いので、そっちだけにすればよかった。山に登る。村を見渡せるビューポイントが何箇所かあり、いい眺めであった。水田が緑の時期、菜の花が咲く時期、蓮の花の時期にはさぞかし美しいだろう。が、観光客もいっぱうだろうな。自前の足で高速を使えば、ここは昆明から4時間かからないだろう。飛行機なら30分(空港があるそうだ)。すでに中国のバスはアメリカのグレイハウンドバスのような状況になりつつあるのだろうと思う。飛行機に乗れない、車を所有しない層がバスを利用する。中国の貧富の差は極端だ。ロバ車とレクサスが同じ道をゆく。




小僧が大きいほうを催す。トイレなどどこにも無いので、道をはずれてその辺で解決させる。落ち葉を大量にかぶせてからふと上を見上げると、樹のこずえに枝を枝を組み合わせて、明らかになにか人為的にしつらえられたものがある。これってひょっとして少数民族の信仰に関するものではないのだろうか。冗談で「山の神さん怒ったはれへんやろうか?」と小僧に言うと、小僧、ふと胸元をまさぐって「あ!『玉』(yu4)がない!」と。ありゃ、迷惑料をまきあげられてしまったか。

山道を引き返さず、山の向こうに降りる形でふもとまで下ると、そこは観光公園の中だった。湖にボートが浮かんでいて、使用料を見て真剣にびっくり。120元~160元。今とまっているまともなホテルが一泊130元であることを考えると、恐るべき価格設定だ。ボートの隣で飲み物を売っていた女性と話をした。今はローシーズンで、全く商売にならんそうな。観音洞ってどうなの?と話を振ると、昆明の旅行会社の承包だそう。3人いる僧侶もニセモノだと言い切った。

村は約1000戸、漢、壮、彝、苗の4民族が住む。別に問題なく共存しているし、通婚も多いという。この観光公園は農民の土地を強制的に買い上げて作ったもので、買い上げ時の価格は1ムー7860元。農地を減らしたくは無かったが、拒否権はなかったそうだ。買い上げたのは観音洞と同じ、昆明の旅行会社。どうして民間の会社の事業にそんな強制力があるのかと一応聞いてみたが、あんたら都市民に農村のきまりはわからんよ、と笑われた。彼女が公園内でささやかな商売を黙認されているのは、ここがもともと彼女の土地だからだそうだ。

彼女の客だねになりそうな観光客がぜんぜん来ないので、村と、村人が信仰するお寺へのガイドを頼む。いくらで案内してくれるか聞いたら、笑って「気持ちで。」と。10元しか払えないけどいいかしら?と聞いたら、とくに異存はなさそうだった。

最初に家に案内され、家の中を見せてもらった。台所にぶら下がっている干し肉がおいしそう。コの字型に三方向に並んだ家のうちひとつが彼女の家族のもので、ほかの二つには親戚が住んでいる。真ん中のスペースで農作業をする。井戸もそこにある。私の父の実家は大阪近郊の農家だったが、よく似たつくりだった。収穫した水草を何にするのか聞いてみたら、魚に食べさせるとのこと。淡水魚を養殖しているのだ。ここいらでは、牛にはなるべくいいとうもろこしを食べさせるのだという。どうりで毛並みがよく、つやつやしてよく太っているわけだ。

観光用ではなく、村人が信仰するお寺は村のはずれ、私が先ほどあれがお廟なのではないかと思った通りのところにあった。池に面した洞窟のほとり。名を、観仙祠という。もちろん入場券などは無し。洞窟の中には老婆が3人いて、全く普通語が話せない。何を言っているのかほとんどわからないが、大歓迎されていることだけはわかった。本物の信仰の場でお香を上げるにはやぶさかではないので、お線香代を聞くと2元。くっくー。そして、大人の手の一掴みに余るような大きな束の線香を渡され、おばばさま自らに火をつけていただきました。観音、釈迦、弥勒、韋駄天、西遊記の各位、閻魔様、財神と、素朴なタイガーバーガーデンのような造形の、ありとあらゆる神様がごたまぜに神仏混淆されており、素敵でした。私と相棒と小僧でやや大目に點油(お賽銭)を出したら、たいへん大喜びをされ、次のXX(聞き取れず)で燃やしてあげるから、ぜひ名前を書けと、札のようなものを渡された。小僧に学校を名前と出席番号を書かせたことであるよ。勉学の神様のお目に留まることを祈る。

今日はいい一日だったなあ。

馬車とバスを乗り継いで丘北帰還。ホテルで夕食。外にBBQスペースがあり、夫がざりがにを注文。一匹2元ナリ。木炭でこんがり焼けて出てきた。全く土臭くなく、うまかったそうだ。特産の山のきのこは裏返して焼くと、かさの裏に水分が溜まり、その水分が絶品とかで勧められ、食べてみるとうんまいのなんの!石づきをとった脚まで柔らかく、ほくほくで、意外な収穫であった。雪花ビールで乾杯。



隣のテーブルには、日焼けした体格のいい男たちが陣取り、古装片に出てくるような大きな酒つぼをテーブルにすえ、大粒のたにしを肴に、割と静かめに茶碗酒を酌み交わしている。なにやら江湖なフンイキ。こうして丘北の夜は更けてゆく・・・。明日は昆明だ。



息子ちゃん日記
きょうのあさ、かぞくといっしょに普者黒にいきました。普者黒についたとき、さきに洞にはいってけんぶつして、それから青山という山にいきました。山をあるきつづけて終點についたとき、おなかがへったから飯店。さいごにばすていまでかえるとき、ばしゃにのってそれからばすにのって酒店にかえりました。