***このブログについて***

書き続けている日記のうち、旅行記をここにまとめておきます。右サイドメニューの「その他の旅行」から各旅行の目次に飛べます。サイドメニューの下のほうの「痩公胖婆400天渡蜜記」は、一年と少し(1996/03/31 - 1997/06/01)にわたった新婚旅行の記録の目次です。気が向いたときにぼちぼちあげています。

2026年1月19日月曜日

広西東部と湖南南部(古鎮と少数民族の村)

Day 01   2026/01/20   香港-深圳北-賀州-黃姚

Day 02   2026/01/21   黃姚古鎮

Day 03   2026/01/22   黃姚-桂林-三江

Day 04   2026/01/23   三江-通道-芋頭侗寨-通道-三江

Day 05   2026/01/24   三江-融水

Day 06   2026/01/25   融水-田頭苗寨-融水-桂林

Day 07   2026/01/26   桂林-大圩古鎮-桂林-陽朔

Day 08   2026/01/27   陽朔-興坪

Day 09   2026/01/28   興坪-高鐵陽朔站-深圳北-香港

2025年12月22日月曜日

海南島(寝台列車ごとフェリにー乗る)

Day 01   2025/12/23   香港→深圳→海口

Day 02   2025/12/24   海口

Day 03   2025/12/25   海口→文昌

Day 04   2025/12/26   文昌→海口→広州

Day 05   2025/12/27   広州

Day 06   2025/12/28   広州→深圳→香港



2025年8月21日木曜日

高雄(屏東・山地門・潮州・東港・三鳳宮)

Day 01   2025/08/22   高雄 いちにちめ 到着

Day 02   2025/08/23   高雄 ふつかめ 山地門と三鳳宮

Day 03   2025/08/24   高雄 みっかめ 潮州と東港


2025年6月19日木曜日

コタキナバルとサンダカン もくじ

Day 01  2025/06/20 香港→コタキナバル

Day 02  2028/06/21 コタキナバル→サンダカン

Day 03  2025/06/22 サンダカンでの一日

Day 04  2025/06/23 サンダカン→コタキナバル

Day 05  2025/06/24 コタキナバルでの一日

Day 06  2025/06/25 コタキナバル→香港

2025年2月22日土曜日

クレット島へお出かけ

 チェックアウト前に、トライミット寺の黄金仏を参拝。ベトナム人観光客がたくさんいたのがイマドキ〜という印象。

 

朝食に付近の屋台で猪肝粥を食べる。とてもおいしい。

 

宿は悪くはなかったが、うるさ過ぎるのが正直なところと、この角度からだと巨大な醜い広告看板で遮られてホアランポーン駅が見えないのが残念だった。よってリピートは無し。

今夜の宿はエアポートリンク終点のPhaya ThaiからBTSで一つ南のRachathewiにある。バスを待つも、全然来ないのでMRTとBTSを乗り継いで移動。500バーツの風呂無し宿に移るのに、移動に60バーツ/人も使ってたら全然割に合わん。着いた先では早すぎて当然チェックインはできず、荷物を預けて今日の予定に繰り出す。コ・クレットに行くのだ。


宿の前からバスで行く方法を模索するも、戦勝記念塔のロータリーで乗り換えが必要らしい。バスの乗り換え無しで行ける方法はないかと、タイ紹介サイトの記事通りチットロムのセントラル・ワールド前のバス停まで行くも、路線の変更があったらしくてバスが来ない。諦めて戦勝記念塔まで行くことにする。


オレンジの中型バスで戦勝記念塔まで移動、そこから高速を走る青バスに乗り換えて無事到着。島に渡る対岸の街は華人の店が並ぶ割と忙しいところで、車で40分だったらそれなりに通勤通学圏だよな。渡し船で渡った先の島は一転してのんびりしたところで、坪州とか大澳みたいだった。額を突き合わせるように軒が並ぶ小道を抜けると、お寺がいくつかあった。この木の実は何だろう。


小渓のそばのカフェでコーヒー飲んで帰ってきた。



さてバスで戦勝記念塔まで帰って来るも、そこから宿までのバスを検索して乗ったつもりが、思った路線を走らずに、そのまま民主記念塔まで行ってしまった。なのでそこで降りてカオサンへ行く。夫氏がトムヤムクンを食べたいというので、以前に入ろうかと迷ったけど入らなかった店で食べる。


私はモヤシ豆腐にした。これはシャキシャキぱりぱりで辛くなくて大当たり。が、夫氏のトムヤムクンは普通。店員の態度がよろしくないので勘定をごまかされるかもなと予測していたらばっちりで、320Bのところ440B請求されたので自分のアンテナの正確さに笑ってしまった。今度はバスを間違えずに帰還。


帰ってチェックイン。鍵カードに300Bのデポジット。エレベータ無しの4Fで、スーツケース客には向かない宿であるが、私達には構わない。2Fが男性フロア、3Fが女性フロア、4Fが男女混合フロアだった。各階にドミトリーとツインルーム二つずつあるようだ。部屋も廊下も広々としていて清潔で、結論から言うと今回の三つの宿の中では最高だった。しかも風呂なしとはいえバンコクでBTSから徒歩圏にしてはとても安いし。(ツイン500B≒HKD115)


ひとつだけ難を言うとすると4Fのトイレ・シャワーブースで、男女の入口は分かれているのだが、女性用のトイレ(とシャワーブースの一部)は使用中かどうかが(ドアの下の隙間を見れば)廊下からわかるという、宿泊者の男性の良識と善意に任せた作りになっている点。私は大昔若い頃に一度こういうところでシャワー中に覗かれたことがある。


延泊できるか聞いたけれど、もう予約でいっぱいだった。まあ当然だな。


ここはリピートありだな。次バンコクに来るのがいつになるのかはわからんけど。(チェンマイ・プーケットなら香港から直接飛ぶので)





2025年2月21日金曜日

チャチュンサオのピンクガネーシャ

 5時過ぎに目が覚めて、本を読んで過ごす。夫が7時に目を覚ましたので、予定していた10時台の便ではなく、8時ちょうどの列車でチャチュンサオへ行くことにする。

大大大好きなホアランポーン駅。もう長距離列車はここからは発着していない。
















窓口で切符を買う。1時間半乗るのに13バーツ(HKD3.00)で嬉しい。
















ホアランポーン駅の正面左脇の小部屋が、展示室兼おみやげ売り場になっていた。昔の切符が大量にあって懐かしさに泣く。
















タイ国鉄マークの入ったマグボトルが猛烈に欲しくて迷う。水筒だったら買うんだけどなー。(マグは重い分、機能性も必要条件じゃないですか。それに去年日本でサーモスと虎を買ったとこだし)

さて乗車。列車は市街地を出る前(マッカサンを過ぎるあたりまで)に半時間を要し、定刻より15分ほど遅れてチャチュンサオ到着。駅前は栄えているかと思って朝ご飯抜きで来たのだが、あてが外れた。郊外の国道沿いっぽい印象である。駅の向かいの屋台で麺を食べ、バス乗り場まで移動してソンテウに乗る。私はこのタイの玉子麺好きなのよね。歯ごたえもちょうどいいし、スープも薄甘くて好きに味をつけられるし、量も多くないからおなかに響かないし。

















ピンク・ガネーシャ像、なんか日本人に大人気らしい。














かなり走ってようやく到着。ヒンドゥーの神々と中国仏教&道教の神々のけばけばしい像が並ぶ、川べりの廟。ドラえもんとか一休さんも並んでいる。






















ひと通り見て、12時50分のソンテウで帰ってきた。



















Google Mapで調べると列車が14時05分まで無いのでバスターミナルまで乗ったのだが、バスターミナルで聞くと次のバスが15時台まで無く、慌てて同じソンテウに乗せてもらって駅に帰ってきた。駅でチケットを買ってから海鮮炒飯(50B)を食べ、アイスコーヒー(30B)を飲んで乗車。


















在来線のマッカサン駅はエアポートリンクのマッカサンとは1km以上離れている。エアポートリンクのマッカサンと乗換駅のMRTペチャブリに行くには、在来線ならアソークで降りたほうが近いようだ。














でも行ったことないとこを歩こうとマッカサンで降りて、ペチャブリー31アリーに入ったら、なんとびっくりそこはリトルインディアだった。滞在中のインド系住民ではなく、旅行(団体旅行っぽい)で来ているインド人観光客がまとまって泊まってる地区っぽかった。ラマダホテルを中心にそれっぽい宿がたくさんあり、オーセンティックそうなインド料理屋が北インド南インドとたくさんあり、100%ベジの店もあった。


そこからぶらぶら歩いていると、Chitlom pierで路線ボートに乗れることを発見したので、ペチャブリー(Asoke pier)まで乗ってみた。こういうの、Google Mapのない時代だと自分で見つけるの難しいよね~。この階段の右脇の小道を抜けると乗り場がある。


















早いし渋滞ないし便利~! 14バーツ。




















ペチャブリーからスクンビットまで歩き、一旦ホテルに戻った。


宿で気を取り直し、75番バス、20バーツでワットウォラチャンヤワートピアのマッサージ屋に行くも、6時で閉まって時間切れ。ぐぐるまっぷでは8時だったので油断した。ぶらぶら歩いてサパーンタクシンまで戻る途中で、猪血湯で夕食にした。60Bですんごくおいしい。


















サパーンタクシンのセントラルの周囲の夜市を冷やかしてから、BTSでシーロムに戻り、少し歩いてからホアランポーンに戻った。びっくりするほどおなかがいっぱいで、ビール一杯飲もうという気にもなれない。早めに風呂入って寝る。明日は宿を移動。そこも2泊しか取ってないので、明々後日はまた移動。

2025年2月20日木曜日

ホアランポーン前に投宿

 本日よりバンコク七日間の旅。例によって空港でタダごはん。出国後すぐにある食べ物の豊富そうなところはいつもすごく並んでいるので、ゲート40の付近にあるこっちでしか食べたことがない。でも朝食には十分すぎるほどである。




 




コーヒー飲んでたら、インド系の紳士に「そのサンダルいいね、どこで買えるの?」と聞かれた。奥さんに買ってあげたいのだろうか。「Tevaに見えないけどTevaだよえっへん、Amazon USで多分買えるよ」と答えた。


さて搭乗。

到着。後ろの方の席をアサインされたので、降りるまではだいぶかかりそう。イミグレ混んでるかな~と心配したが、そんなことなかった。二年半前はまだコロナ規制緩和後すぐで、旅行者数の回復に対応が追いついていない頃だったようだが、今回はカウンターもたくさん開いてて、さくっと過関。


空港の両替所を見て回り、エアポートリンク階のスーパーリッチと同じ4.28のところで1500ドル替えた。中間レートが4.33なのでこんなもんか。(1.15%)


空港から市内への列車の中で、サンダル履いてるのが自分だけと気付くなど。


マッカサンからMRTに乗り換えて、ホアランポーン到着、チェックイン。ネットでおすすめの宿だったがいまいち。部屋と調度はアンティークですごくいいが、大通りに面している上に防音性も遮音性も全然無いペラペラの窓、間の悪いことに角部屋で窓が2面にある。部屋からはホアランポーン駅が見える。あとエレベータが壊れてて、トイレが臭い。


トイレが臭いのは下水道と屎尿の排水が同じ管で、排水口の下にトラップを作ってないから。発展途上国の建物にはよくあること。昔は中国の宿もみんなこれだったなあ…



ホアランポーンの西側はこれまで散々歩いており、今回は東側を歩いてみる。飲食店が集まる通りがあるようなので、夕食を食べにいく。歩くと結構遠く、夫が空腹に耐えかねてまずここでおやつを食べる。











軽くトーストして一口サイズに切ったパンの上に、練乳やカスタードをかけたやつものが出てきた。食前に食べるもんじゃない。










夫の腹の虫がようやく収まったので、さんざん歩いて食事。夫はイカ載せごはん、私は魚載せごはん。サトウキビジュースとタイハーブジュースで258B。




 


帰りに100バーツで剥きポメロを買ってから、ホアランポーンの西側、つまりおなじみのヤワラー(華人街)を少し歩いて本日は終了。


2025年2月19日水曜日

【未】バンコクとその周辺

Day 01 香港→クルンテープ チャイナタウン散策
Day 03 クレット島でサイクリング
Day 04 バンブリー(百年市場、涅槃仏、水上マーケット)
Day 05 トンブリー(ワット・パクナム、ウォンウェイヤイ鉄道駅)
Day 06 ナコーンパトム(プラ・パトム・チェーディー)
Day 07 タラート・ノーイ散策 クルンテープ→香港

2024年11月26日火曜日

香港へ

朝食をやよい軒で。夫は焼き鯖定食に唐揚げ追加、私はカキフライと迷った末にちゃんぽん単品。












食後にチェックアウト、徒歩で駅まで戻って、首尾よくステラおばさんのクッキーの店を発見し、2400円分ぐらい買った。クレカの優待で無料(←重要)で利用できるプレミアムラウンジに行くつもりでとっとと空港に移動するも、LCC用のT2(第二ターミナル)からはラウンジには行けず、プレハブみたいな待合室でクッキーを食べながら本を読む。まあ、我々の旅だしな。

日本への旅はこれで一旦おしまいにするつもり。



2024年11月25日月曜日

名古屋へ帰還

私はもう一度ほっけ定食を食べたかったのだけれど、夫が歩きたがらず、ホテルの下のコンビニで30円引きのおにぎりを2つづつ食べて朝食とする。これはこれでごちそうなんだけど。(低い要求が幸せの秘訣)


















10時のバスに乗車して名古屋へ。名古屋→富山と同じ場所で休憩、ここで瓶入りのひるがの高原牛乳を飲んだが飛騨高原牛乳ほどはおいしくなかった。ちらりと見えているのはおそらく白山ではないかと思われる。


















さて今夜の宿はなるべく安いところを求めたことも有り、駅から1.5km、オフィス街の中にあって、観光客的には周りの見どころが何も無い。やよい軒があったので、遅い昼食とする。私はカキフライ定食、夫はほっけ定食。ほっけが好きなら朝食べればよかったのに。やよい軒はごはんとお漬物がおかわり自由なのが、夫の気に入ったようだ。


ぶらぶら歩いていると、証券会社の隣に射精産業があって嫌な気分になる。日本だねえ。(丸三証券の隣にファッションヘルス巴里)











栄まで歩いて三越やモンベルなどを見るも、食指が動いたものはなく、デパ地下の食料品店街はおもしろいけれど、お腹はまだいっぱいである。宿へ戻る。ロビーに居心地の良い場所が設えられていてソファがたくさんおいてあり、コーヒーとお茶が飲み放題で、漫画が本棚にたくさんおいてあった。ちょろっと座って部屋に戻る。夫はまた昼寝。やっぱ年を取ったなあ。私の定年後にも、もう長い旅行や難儀なところの旅行はできないかもなあ。

私は本を読み、夫はうんと長い昼寝をして、夜遅くにまたしてもやよい軒へ行く。夫はチゲ定食、私はまたしてもカキフライ定食。だって大好きだけど自分ではできないんだもん…

満腹で寝る。体に悪すぎ。




2024年11月24日日曜日

高山まちあるき

宮川朝市へ行く。橋のたもとの食堂で朝ご飯を食べる。焼き魚定食の魚はホッケでした。うんまい。お味噌汁は関西には無い濃さカラさ(関西ではしょっぱいことをカラいと言います)だった。


















今日は昨日とは打って変わってピーカン照り。





















このイチョウの木は葉の裂け目が深くて珍しい形。




















街の南のはずれの神明神社へ行く。階段を登ると紅葉と銀杏が盛りを過ぎていて、風にはらはらと散っていた。



















川べりの柳の木が手すりをのみ込んでいる。



















この日は気温が2℃ぐらいと(香港人の我々にとっては)とても寒く、川のそばのイートインで温かいものを飲んでほっと一息ついた。



















飛騨国分寺の大イチョウ。行基のお手植えで樹齢1250年ってあるけど、日本におけるイチョウの歴史を鑑みると多分それは嘘だな。




















ゆく当てもなくぶらぶらと歩く。よく保存された町並みが見事なものであるが、人は多いしキレイすぎるしでやや麗江ぽくて、観光客というのは勝手な要求が多いものですな。いくつかある造り酒屋には甘酒がなく、味噌の醸造をしているところにあったので、それを飲んで本日は終了。一杯150円ナリ。