「猪のように眠るなあ、おまえ」(中国語で惰眠をむさぼるという意の慣用句)と言われ、むっとする。原付しかもってない私が、クラッチつきのバイクをタンデムして40キロも離れた街まで往復したから疲れたんじゃい。
朝から泳ぐ。場所を変えて岩場にも行ってみた。相棒の釣りと、私のスノーケリングの両方にいいかなと思ったのだ。しかし釣果は8センチぐらいの小魚一匹。かわいそうなのでリリース。そして岩場で滑った私、岩に張りついているフジツボでむこうずねを大根おろしのようにおろしてしまい、たいへんな流血。おまけに水着のお尻に小指が入るぐらいの穴をあけてしまった。気にせず一時間ほど泳いでいたが、陸に上がっても血がぼとぼと。けっこう深手であった。相棒が、「香港やったらいっぱつでサメの餌食」と、イヤなことを言う。
部屋に帰って、抗生物質入りの軟膏をぺたぺたぬる。昼食を取っていると、たいへんなスコールとなった。が、いつまでもやまず、バンガローに帰れない。ちょうどTVでメル・ギブソンのブレイブハートが始まり、ヒマつぶしに見る。(私の好みの映画ではない。どっちかというと好みはこっち。)私は、主人公はてっきり良きライバルの王子に助けられて死刑台を脱出し(もちろんライバルはそのために死ぬ。お約束。)、お姫様をかっさらって新しい土地へ旅立って終わり、かと思ってたらこの主人公、死刑台でえらいゴーモンをされまくった挙句、「Freedoooooooooooooooooooooom!」と叫んで首を落とされるのであった。ありゃりゃ。読み違えた。
男らしくてかっこよくて悲劇のヒーローの主役…で、エンディングのクレジットの冒頭が「監督:メル・ギブソン」。やっぱり、ナルシストでないと役者なんてやれないんだろうなあ…。
小降りをみはからって買い物に。貸し本屋で本を借りてきた。ルーフで涼みながら私は本を読み、相棒は短波でVOAだかBBCだかの普通語放送を聞いていると、隣のバンガローの客が話し掛けてきた。
東チモール人で現籍はポルトガル。現在はノルウェーに住み、人権擁護団体のボランティアをしているという。タイのビルマ難民キャンプ、カンボジア難民キャンプなどで働いたことがあるというふれこみだ。インドネシアによる東チモールでの人権抑圧状況などについて語っているあたりはよかったが、私は死刑に反対しているととくとくと主張し始め、かと思うと毛沢東を尊敬していると言い出したり、ノルウェーでアウンサン・スーチーや柴玲に会ったことがある、インドネシアには20年以上帰っていない、東チモール独立運動のブラックリストに載っているのだ、こないだ香港へ行ったときには、SCMPのミリンダ・ローに会いたかったが留守中だった、マカオでカジノを見学したときには、警察がボディガードについてくれた、英・仏・伊・葡・西・ノルウェー語が話せる(←英語そんなにうまくなかった)、名古屋に留学していたことがある、祖母はマンチュリア(満族)だ、という時点で手持ちのネタをすべて振り尽くしたのか、「香港の知り合いが引越しをしたらしく、連絡が取れない。手助けしてもらえないだろうか」と切り出した。相棒と二人で、「またか。」
またしてもサギ師である。我々って、そんなにまぬけにみえるのだろうか。東洋人はスレた白人よりだましやすいのか、それともはっきり、日本人の女(←私だ、いろんな意味で一応)がだましやすそうに見えるのか、さあどうだ。でも私ってば、もはや少なからぬサギ師と第X次接近遭遇(c)唐獅子株式会社を経験してるので、とりあえず適当にあしらったのであった
***このブログについて***
書き続けている日記のうち、旅行記をここにまとめておきます。右サイドメニューの「その他の旅行」から各旅行の目次に飛べます。サイドメニューの下のほうの「痩公胖婆400天渡蜜記」は、一年と少し(1996/03/31 - 1997/06/01)にわたった新婚旅行の記録の目次です。気が向いたときにぼちぼちあげています。