***このブログについて***

書き続けている日記のうち、旅行記をここにまとめておきます。右サイドメニューの「その他の旅行」から各旅行の目次に飛べます。サイドメニューの下のほうの「痩公胖婆400天渡蜜記」は、一年と少し(1996/03/31 - 1997/06/01)にわたった新婚旅行の記録の目次です。気が向いたときにぼちぼちあげています。

1996年8月15日木曜日

敗戦記念日、本日は国境越え。

朝9時のバスでモンラーを出発、昨日と同じく素敵な風景が広がっている。バスは11時前に国境の村ボーハンに到着、ここで中国側イミグレ手続き。相棒の香港CIが珍しがられて、けっこうてまどる。香港人がここを越えるのは初めてだそうだ。

さてそれからトラックの背に乗せられて約10分、 ラオス側イミグレのあるボーテンまで山道を揺られる。このトラックの運転手は何人だ? このトラックの籍はどちらに? 税金はどっちに払ってるのだ?(払ってるのか?)

ボーテンもボーハンとどっこいの小村で、ちびぞうが見つかったらどうしよう・・・などという私の杞憂は笑かした。イミグレ職員よりも牛のほうが多いぞー!荷物はノーチェック。

ここでラッキーなことに、もともと5日間のトランジットビザですが7日間あげましょうという申し出を、向こうからされる。そこで相棒と二人で、7日間で首都ビエンチャンまで行ってみようとゴー!と話し合う。そうすると私がまだ行ったことのないタイ東北部イサーンへ直接入れるし、都合がよろしい。しかしその件をイミグレのお役人に言うと、「わが国の公共交通はあまり発達していないので、それは飛行機を使わない限り難しい。トラックの荷台に乗っての移動はしんどいし、今は雨季だから道はあちこちで不通になってるよ。飛行機にしなさい飛行機に。」と、現地人からのアドバイスをされてしまった。むう、トラックの荷台?

ここで私たちは中国のド田舎(チベットとか新彊とか)でヒッチするときのように、でかいボロトラックの後ろで、振動に耐え兼ねて立ったり座ったりしながら移動する、そういうやつを思い浮かべ、ああ、辛苦なな旅になりそう・・・とため息をついたのであったが、そうではないことはすぐわかった。

ボーテンからルアン・ナム・タまで3時間乗った乗合タクシーが、つまりこれだったのだ。トヨタとかニッサンとかいすゞとかのピックアップトラックの荷台に屋根と座席をつけたもの、アジアでよくあるやつである。中国国産トラックと違って、割と新しい日本車なので、まあまあの乗り心地であった。

ルアン・ナム・タ到着。なんにもない小村である。美しい庭のあるホテルに泊まった。80元。人民元がまだ通じた。ラオス入国を祝して、とりあえずビア・ラオで一杯。