***このブログについて***

書き続けている日記のうち、旅行記をここにまとめておきます。右サイドメニューの「その他の旅行」から各旅行の目次に飛べます。サイドメニューの下のほうの「痩公胖婆400天渡蜜記」は、一年と少し(1996/03/31 - 1997/06/01)にわたった新婚旅行の記録の目次です。気が向いたときにぼちぼちあげています。

1997年1月19日日曜日

ダッカからカトマンズへ

昨日のイブニングティーのことを書くのを忘れていた。

夕方4時ごろ、ボーイが部屋にきて「イブニングティーの準備ができたからレストランに来てください」と告げた。眠っている相棒を置いて、私一人で出かけると、サーブされたのは1杯の小さい小さいカップの紅茶と、直径30センチぐらいの大皿の上にぽつん3枚マリービスケット・・・が、きっちり縦にそろえて積んでありました。爆笑しそうになったがぐっとこらえ、そのとたんに頭に浮かんだ何の根拠もない確信は、「絶対しけってる。」食べてみた。しけってた。

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本日カトマンドゥへ飛ぶ日、朝食を急いで食べに行く。9時にホテル出発、11:40の飛行機搭乗の予定だからだ。食べ終わって「バス9時?」とフロントに確認に行くと、呼ぶまで部屋で待っててくださいとのこと。あの部屋に座ってんの、イヤー!夕べは湿気とひどい空気で二人ともよく眠れず、おまけに今朝から断水で、トイレの水も流せないのだ。

が、仕方がないので部屋に帰ってCNNを見たり、フロントから撮ってきたバングラディシュの英字新聞を解読したりする。ペルー大使人質事件は、まだフジモリ大統領の弟含む73人が解放されてへんのだと。昨日は2週間ぶりに、医療が必要なペルーの大臣が解放され、病院へ直行したそうな。日本円は117円と安い。へブロンがパレスチナ軍の管轄下に入った。等等。

9時、バスまだ?と聞きにいくと、飛行機が遅れて2時ごろの離陸になる見込みと言われ、くそうと思う。思えばビーマン、これで乗るの4度目だが、定刻どおり出発できたためしがない。やはり激安には理由あり。

昼食もここで食べることになってしまった。またあのメニューか・・・とつぶやきながらダイニングへ降りると、今日のメニューにはちょっと変化があった。チキンカレーとカレースープと生野菜と白ごはん。つまり、炒飯とポテトカレーがない。突然なので間に合わなかったのか、単にめんどくさいのか。

しかし、例のカナダ人は実はベジタリアンで、このままだと白ごはんと生野菜しか食べるものがない。ポテトカレーは?と控えめに催促してみたところ、20分後にポテトが煮崩れていないカレーが現れ、よかったね。しかし芋カレーごときで油断をしてはならず、このカナダ人の不運な話はまだまだ続く。

朝食の席でわかったことだが、彼は航空券の出発時刻が間違っていたために、私たちと出発時刻についての話をしなかったら(そしてビーマンが定刻に近い時間に出発していれば)、危うく午前いっぱい外出をして。飛行機に乗り遅れるところだったのだ。

ビーマンの航空券は自動発券ではなく、カーボン紙に手書きである。本来11:40の出発時刻が16:40となっており、当然だが本人はそのつもりでいた。旅行会社のレシートには正しい時刻が記されており、完全にビーマンのミスである。昼食時に「今日はテーブル変えてみる?」と聞かれたので、「変えようか、ツキを変えるために」と答えると、哀しく苦笑。しかし、彼の不運はコレだけではなかったのだ…

正午、例のボロボロのワゴンで空港へ。チェックインカウンターに並ぶと、散々待った挙げ句にやっと順番が来たカウンターで、「トランジット客はあっち」と無人のカウンターを指さされ、その前にセキュリティチェックを受けるように指示される。無人カウンターで待つこと十五分、白紙の搭乗券の用紙を持った男が現れ、私達の名前を非常におぼつかないキータッチで入力し始めた。ようやく入れ終えた頃、別の男がすでに搭乗客情報を印刷済みの搭乗券を持って現れ、「ボーディングパスはここだ」と言って搭乗券とパスポートを返してくれた。

ここでカナダ人レッツトラーイ 「トランジット客であることがわかっているのにツーリストビザを買うよう要求されて支払ったUSD50を返金してほしい」 → 「イミグレーションで支払い済みの費用はすべて返却不能!」と一言のもとに拒否され、さっさとその場を去りかかる。おいおい、このフル荷物はすべて機内持ち込みでいいのか?「何、まだチェックインしてないのか」 「今搭乗券とパスポートくれたとこやん…」 「では荷物をよこしなさい」といってクレイムタグを発行してくれたのはいいが、三人分の荷物が全てウチの夫の名前になっています。私のはともかく、なにかが起こったときにこのカナダ人が困るでしょう。(この人の運の悪さとビーマンの手際の悪さを考えれば、全く杞憂ではない)しかし係員は「名前は重要ではない!」ととんでもないことを言い捨ててさっさと帰ってしまった。カナダ人はキョーレツなショックを受けているようで、一言も声が出ない。

さて搭乗、BANGKOK→YANGON時と同じ機体だと相棒が言う。渡されたボーディングパスの座席は離れていたのだが、例によってガラガラなので一緒に座る。一時間ほどでカトマンドゥ到着。用意していた服をすべて着込んで降り立った私と相棒はちょっと拍子抜け。そんなに寒くないぞ。寒さに強い白人なんか半袖や。空港はバングラデシュのそれよりだいぶ出来が良く、降機客も少なかったのでスムーズに入国できた。TAXIは200Rs、例のカナダ人を待ってみたのだが、なかなか出てこない。なんかあったのだろうか。日が暮れてからの宿探しは難儀なので、気の毒だが、諦めて行くことにした。(伏線)

タクシーでThamel Street到着。一軒目はめちゃキレイだが250Rsとちと高めで部屋が狭い。二軒目、200Rsで一軒目の倍ほどの広さ。天井も高い。こちらにすることにして、とりあえず一泊。

夜、相棒が前回ここでばかり食べていたというAlice's Restaurantへ行く。高かった。でもばつぐんにおいしかった。風呂も入らずにばたりと寝る。