共同風呂もなかなかよかった。紹興の宿を思い出す。本日はきっちり寝坊。朝食を食べはぐった。境内で精進料理の昼食をとってから、軽トラックで街へ。蛾眉山へ登ろうにも、人民元が全く無いことに気が付いたのだ。銀行を探し回るもあっちやこっちやと不正確な指示を与えられ、炎天下をさまよう。
(道の教え方には民族性が出る。中国人は「知らない」とはあまり言わない。不正確な記憶でもひねり出して指示を与える事が多い。一方日本人は一応知っていても確信が無い場合にはあっさり「知らない」と答える事が多いだろう。どちらがより親切/不親切か、という問題ではない。しかし「知らない」となかなか言わない民族は世界にけっこう多いようで、多くの旅行者から幾度も辛酸をなめた話を聞く。)
やっと発見した外貨を両替できる銀行は午後3時まで昼休み。ここはスペインかい!
両替後、寺に戻り散歩。またもや街に出て電話をかけにゆく。郵電局はもうしまっており、仕方なくバスターミナルから掛けたのが間違いの元。オペレーターに電話番号を告げて個室で待つ方式、相棒は掛けてからどこにも価格表示の無い手数料を5元請求され、私は実家の番号を告げたというのに「にーはお」と女性が出たのでそっこーで謝って切ったその7秒の通話料に13元請求された。「通話記録を調べーい!日本になんかつながっとらーん!」と、バスターミナルの人々の好奇の視線に見守られつつ怒髪天でやりあってもみるも、効果なし。ワタシ的には食い逃げ、つーか掛け逃げのセンでもよかったのだが、温厚な相棒が金だけは払おうと主張するのであった。教訓:国際電話は郵電局でかけよう。
夜8時過ぎに帰ってきたら、門がキッチリ閉まっていて、かなり困りました。結局裏門からコッソリ入ったが、お坊さんに見つけられて怒られた。門限があるなんて知らなかったよう。
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書き続けている日記のうち、旅行記をここにまとめておきます。右サイドメニューの「その他の旅行」から各旅行の目次に飛べます。サイドメニューの下のほうの「痩公胖婆400天渡蜜記」は、一年と少し(1996/03/31 - 1997/06/01)にわたった新婚旅行の記録の目次です。気が向いたときにぼちぼちあげています。