***このブログについて***

書き続けている日記のうち、旅行記をここにまとめておきます。右サイドメニューの「その他の旅行」から各旅行の目次に飛べます。サイドメニューの下のほうの「痩公胖婆400天渡蜜記」は、一年と少し(1996/03/31 - 1997/06/01)にわたった新婚旅行の記録の目次です。気が向いたときにぼちぼちあげています。

1996年11月9日土曜日

レゴン・クラトン

相棒の風邪芳しからず。こやつが最後に風呂に入ったのは確か11月3日のことであるから、今日で6日目か。臭いやつになってきた。現地の薬を飲んではいるのだが。

郵便局ではがきを出そうとすると、このサイズのは600Rpではなく1000Rpであると言われ、以前に出していたのはちゃんと届いているのだろうかと、ちと心配になる。

猿森、Monkey Forestへ散歩にでかけ、しっぽの長い猿たちを見物。基本的によく慣れている猿たちではあったが、ココナッツのみをサッカーボールのようにして遊んでいる猿をいつまでも見ていると、ココナッツを取られるとでも思ったらしく、歯をむき出しにして襲いかかってきた。もちろん本気の衝突ではなく威嚇なのだが、私は慌てて本などで思いリュックを足元に落とし、リュックに猿の注意を向けて逃げた。リュックはさるより重そうで、持って行かれる心配はなしと考えたため。相棒が木の枝を拾い上げると、猿は逃げた。

広場に猿の水飲み場になっている小さな池があり、そのほとりに植わっている木が、枝を池の中央に向かって伸ばしていた。ある子ザルがその枝から池に向かって勢いよくジャンプ、ばちゃーんとあがる飛沫の音を聞きつけてか、森から小猿たちがたくさんあらわれて寄ってきた。子ザルの飛び込み大会だ。池の水が減るぐらい、いきおいよく飛び込んでいる。猿ってこんなに水を恐れないものだったのか。

読み終えた原寮を売りに行くと、滝口康彦「謀殺」が出ていた。買い取って帰り、相棒が寝ている間にまたたく間に読み終えてしまった。

七時半から王宮劇場で、バリ舞踏の代表作「レゴン・クラトン」を見る。このダンスはバリの伝説にその材をとっていて、ダンス自体は非常に象徴的なので、ストーリーを知らなければ何が何やらまるでわからない。

ある王が隣国の姫をされって連れ帰り、王妃となるようせまる。姫はそれを拒み、このことが原因であなたは死ぬだろうと予言する。隣国との戦争が始まり、姫の兄から決闘が申し込まれる。王はこれを受け、戦いに赴く途中、森のなかで不吉なあかしを持った鳥に出逢う。王は鳥を無視し、決闘の場、死の運命へと進んでゆく。舞踏はこの物語のうち、王が姫に触れようとして拒否されるところから、森のなかでの鳥の出逢いまでを、八歳から十四歳までの三人の少女の舞によって表現する。

説明によれば、レゴンとは少女の三人舞を、クラトンとは宮廷を意味するという。レゴンは何種もあるというが、この宮廷のレゴンが、その最も完成された形であるという。

まず一人目の少女が登場する。彼女は王宮の侍女であり、後に王が森のなかで出逢う、死を告げる鳥となる。侍女はその舞により、物語前半のあらすじを語る。次に王と姫が登場する。といっても少女たちは双子のように全く同じ色違いの衣装を身に着けていて、服装によって男女の演じ分けをするわけではない。侍女はここで退場する。王と姫はときに接し、ときに離れ、ときに合わせ鏡のように舞う。やがて王は姫の後ろについて舞い始め、隙をついて姫の腰帯に手を触れる。打ち鳴らされるガムランの太鼓とシンバル。姫はきっと振り返り、心外なという表情で王をにらみつける。以上はもちろん即物的な動作ではなく、高度に昇華された優雅な動きで表現されるわけだが、想像してみてください。金糸銀糸のあでやかな布に身を包んだ初潮前の少女たちによリ演じられる、王と姫の性的な攻防。なんといという倒錯。この場面は何度も繰り返され、そのたびに姫の険しい拒否の表情に、観客はどぎまぎする。

やがて姫は征服されぬままに退場し、入れ替わりに侍女の少女が、両手に翼を付けて現れる。彼女は鳥なのだ。王は死の鳥を無視しようとしてできず、ともに舞い、やがて王の死を暗示して舞いは終わる。

なんというお耽美な見世物であろうか。特に侍女役の少女が絶世の美少女で、私はうっとりと見惚れたよ。

もうひとつみごたえがあったのはトペン・クラス、仮面舞である。森のなかの魔物だ。こやつが舞台正面の開け放しの門からそろりと姿を表した瞬間、観客席の観光客の子供がいっせいに、火のついたように泣き出した。赤い顔、大きく見開いた目、長生き場、顔から直接足が生えているかのように見える衣装。

異形のものが異様な身振りで動き出したときには、さらに何人かの子供が泣き始めた。地上に降り立った魔物はひとしきり舞うと、満足げに去っていった。

もしかすると同じ踊り手だと思うのだが、舞台の最後にも仮面舞があった。今度は白い面に長い長い爪を付けた白い手袋をしている。解説によればこの踊りは森でひとりで遊ぶ魔物の即興舞であって、舞いがガムランをリードするのだという。確かに、ガムランの奏者たちは舞い手を注目しながら演奏していた。とくに若い太鼓の叩き手と舞い手はお互いを挑発しあっているようで、太鼓が舞いをうながすように何度も誘いのリズムを打つと、ま物は俺の遊びに口を出すなとばかりに太鼓をけとばす真似をしたりして、それまでの舞いとは趣きがたしかに違っていた。でも緊張感の高さはやはり同じなのだが。

この力強い足と大きくて長い指を持つ舞い手が舞台から降りて仮面を取ったところを見てびっくり。還暦はゆうに超えているとおぼしき老人だったのである。名人なのだ。子供が泣き叫ぶわけだ。

あとはBarong DanceとKecakをぜひともみたいなあ。